身体を大事にすることの意味

身体を大事にしなければいけないとは、世間でよく言われることですが、その意味を深く理解している人は少ないものです。

身体を大事にしなければいけない根本理由は、それが本当は自分のものではないからです。その意味で、身体を粗末にする人は、自分というものが分かっていない人です。

「自分の身体」という言い方があることが示すように、自分と身体は別ものであって、身体は自分そのものではなく、自分が使っているものなのです。しかも、自分が使っているものであっても、自分が所有するものではありません。ですから、身体を自由にする権利は自分には無いのです。

自分と身体との関係は、親子の関係に似ています。多くの部分において、身体は自分の子のように、自分が作り出し影響を与えていると言えるのですが、完全に自分の自由になるものではなく、自分が所有するものでもありません。それはそれ自体の欲求を持ち、自分とは独立した存在なのです。ですから、親の子に対するのと同様に、自分は身体に対して義務を負うことはあっても権利は無いのです。そこを勘違いして、身体に権利を主張し、自分の自由にならないからといって身体を虐待したり捨てたりすることは、大きな間違いなのです。

自分の身体は自分のものではない、というと、世間では、多くの場合に、自分という存在は誰か他の人のために生きている存在だとか、この身体は親に与えられたものだから、という意味に受け取られます。しかし私が意味するところはそうではありません。身体が存在する意味は、本当の自分がこの現象界に表されるために与えられている、仮の宿、または道具だということです。だからこそ、身体を自由にしようとしたり、身体が弱いとか調子が悪いからといって身体を嫌ったり、さらには容姿にとらわれ劣等感をもったりすることは、まったくの間違いなのです。

自分が存在するための仮の宿、道具として身体を十分にケアすることは大事なことですから、身体の調子が悪かったら、身体のことを可哀想だと思い、できるだけのことをする必要があります。自分のことを可哀想だと思うのではなく、身体のことを可哀想だと思うのです。そこの違いが明確に理解されなければなりません。