小さな満足に止まらない

瞑想を始めることによって、心が静かになったり、自分が強くなったりして、ストレスが減り、直面している問題を解決できたり、いわゆる運がよくなったりすることがあります。

そうするとそれに満足して、同じような意識や気持ちで瞑想を続けることになりがちです。さらには、もう瞑想をする必要が無いと思ってしまう人もいます。そういう人は、今人生上の問題が何もないのになぜ瞑想する必要があるのか、と思ってしまうでしょう。

しかし、瞑想を始めることで得る初期の問題解決という効果は、一時的である場合が多いのです。本当にその人の在り方自体が変わらずに、単にそのときの気づきや考え方の変化による対処ができただけでは、その時点での問題は解決できても、時間の経過とともに生じる新たな問題には対処できません。

人生には大小の問題がつきものです。多いか少ないかの差はあっても、生きるということは、出て来る問題を乗り越えていくことに他ならないからです。そして問題の最終的な根源は過去から現在まで働いている自我であり、さらに自分に起因しない問題も降りかかることがありますから、瞑想していても、死ぬまで問題から完全に自由になることは不可能なのです。

瞑想者としてはさらに大事なことがあります。それは、瞑想によって直面していた問題が解決したり改善したというのは、いわばマイナスが減ったということに過ぎないことです。瞑想の価値はマイナスを減らすことに止まらず、本来の目的はプラスを得ることなのです。

たとえれば以下のように言うことができます。生まれてきたときは、プラスもマイナスも無い存在として人生が始まりました。それはゼロの状態です。しかし生きていくうちにいろいろなマイナスが生じて自分の内にたまっていきます。

瞑想によって楽になるというのは、そのマイナスを減らすことができたということですから、もとのゼロに近づいたということなのです。しかし、本来の生まれてきた目的は、何らかの意味で生まれる前よりもプラスを得ることです。もしゼロのままでよいのなら、生まれてきたときはゼロなのですから、わざわざ生まれてくる必要はないことになります。

ですから、瞑想を始めることによって、生まれてきたときからたまっていたマイナスを減らすことに成功したら、そこに止まらずに、プラスを得ようとするのでなければ、生まれてきた意味を満たすことにはなりません。

苦しみが無くなり、楽になってからこそが、瞑想の本来の目的に向かってのスタートとなるのです。