抑圧とは、何かについて我慢したときに発生します。自分の感情や考え、または行動を、思うように解放できなかったために起きるのです。
抑圧という問題の根本解決には、我慢を強いられた問題そのものよりも、思い通りにできないことによってなぜ抑圧が生まれたかを理解し、そのような自分の在り方を変えることが必要ですが、そのような成長は時間がかかります。そのために、対症療法として、今の自分のままである程度楽になるためには、何らかの形で抑圧というエネルギーを解放することが必要となるのです。
どのようなエネルギーでも、その解放は、基本的には表現によってなされます。表現すればある程度は抑圧されたエネルギーを解放することができるのです。
我慢したということは、そのときの自分を表現することに何らかの怖れを抱いたからです。しかし、それは過去のことであり、今の自分は過去の自分ではありません。問題は過去に起きたものですから、過去と今を切り離して、今の自分が、過去に生じとはいえ今も続いている今のエネルギーを解放すれば良いのです。
それでは、そのような場合の表現をどのようにすればよいのでしょうか?表現するということには、ある程度の理解や共感を求める要素が常に存在します。それがまったく無いのであれば、表現することには意味が無いからです。相手に理解してもらい、自分の抑圧を解放するためにはどのような方法があるでしょうか?
その方法の基本は、相手に対して、自分の考えや感情を面と向かって伝えることです。それができるなら、この方法が最も単純で明確な方法です。自分についての我慢であっても同じことです。自分自身に対して、はっきりと言葉に出して表現すれば良いのです。
しかし、直接相手(自分)に向かって言葉をかけることが難しい場合には、手紙を書くとよいでしょう。言葉を書くことには大きなメリットがあります。それは一度書いたものを消しゴムで消すとができるということです。言葉を言う場合は、そういうわけにはいきません。一度口から出した言葉は、二度と消すことはできないのです。また言葉を書く場合には、何度でも自分が納得するまで書き直しすることもできます。そうすることによって自分の心の整理をつけることができるのです。
このように十分に自分を表現する手紙を書くことが必要なのですが、その場合二つの方法があります。第一は、手紙を相手に発送するつもりで書いて、書き終わったら、自分で読み直してみて、自分の心の整理がついたと思ったら、実際には発送しない方法です。大事なのは、発送しない理由が、心の整理がついたと思えるからであって、怖れによるものではないことを自分自身に確認することです。
第二の方法は、実際に書いた手紙を発送することです。その場合には注意することがあります。自分の考えや感情を相手に伝えることの目的を考えてください。もし目的が相手との交流の断絶や一方的な相手に対する主張であるのなら、相手に対する不満をそのまま書くことになります。しかし、目的が相手に理解してもらいたいことであるのなら、大事なことは、相手について書くのではなく、自分の気持ちだけを書くようにすることです。
手紙はいわば一方通行のものです。「手紙を書く」ことと「面と向かって言う」ことには大きな違いがあります。「面と向かって言う」ということは、相手の反応を受け取りながら、自分の表現をするということですから、そこには一定の柔軟性が確保されます。相手の言い分が耳に入り、また相手の反応を見るわけですから、誤解されることも手紙に比べれば少なくなるわけです。
さらに「手紙を書く」ことと「面と向かって言う」ことには、本質的な違いがあります。「面と向かって言う」ということは、相手から攻撃されたり争うリスクを負う覚悟を表しています。しかし「手紙を書く」ということは、そのリスクを負わずに一方的に自分の考えを述べるだけです。従って、相手の反応によって不愉快な思いをしたり、攻撃されることは、少なくてもとりあえずはありません。しかしそれは逆に、手紙を受け取った側からすれば、一方的な批判や攻撃を受けていると受け取られかねないのです。その結果、手紙を出した人が望むような理解を得ることは難しくなるのです。
ですから、相手に理解して欲しいときの一番良い方法は、「面と向かって言う」ことであり、次善として、「自分の気持ちだけの手紙を書く」こととなります。